カタナブレイバーになったワケ

   理由。

 

この物語は、PSO2の世界を舞台にしたオリジナルストーリーです。

オラクルの他の場所では、もしかしたらこんなことがあったかもしれない、そんな風に感じていただけたらと思います。

『カタナブレイバーになったワケ』

どうぞ、ゆっくりとご覧ください。

 


 

都会の喧騒を置き去りにして得た静謐さは、ボクにとって、とても新鮮なものだった。

ロビーではいつも、アークス達が次に向かうクエストについての熱い思いを語り、ショップエリアでは時折、ドゥドゥさんの前で膝を落としたアークスの阿鼻叫喚が轟く。
そんな賑やかなロビーも決して悪くない。うん。賑やかなのは良いことだ。

でも、そんな賑やかさが不愉快なノイズのように聞こえ、ふと、どこか遠くへ行ってみたいなと思うこともある。
日々の営みから逸したような、そんな静寂へ。

新米アークスのボクは、普段、任務と課題に追われ、休暇はあってないようなものだった。
それこそ任務外でどこか遠くへ行く時間なんてなかなかもらえない。
アークスとしての成績自体はそこまで悪くもないが、何と言っても指導教官は管理官のコフィーさんだ。手を抜けばただでは済まない。ヴォルドラゴンに焦がされた方がマシかも知れない。

しかし、今日は特別に休暇を取得して、丸一日自由の身となったのだ。

そして今、ボクは夜闇の中で静寂を手に入れていた。
念願と言ってもいい。

音のない静かな大自然の夜に空を見上げると、そこには満天の星空が、

「だからさ、悪かったって」

無かった。

代わりにあったのは、のっぺりと一面を覆う厚い雲。

「星空、見えないじゃん」
「いや、俺御用達の天気予報によればそんなはずはないんだが」
「・・・」
「だから悪かったって」

隣にいる長身痩躯で妙齢の男は、バツが悪そうに苦笑し、頭を手でガシガシと掻いている。
コイツは、いつも都合が悪くなると、こうやって頭をガシガシと掻くのだ。

コイツとはかれこれ3年以上の付き合いになる。

一応(認めたくはないが)、年齢的にもアークス歴的にも先輩に当たり、ルームメイトとして2人で共同生活をしている。
尚、寝ている時のコイツのイビキはファングバンサーのそれよりもうるさく、ルームメイトを変更して欲しいと再三に渡って申請したのだが、受理されずに今日に至る。
ボクが3年強のアークス生活の中で学んだものは、任務遂行のためのノウハウと、耳栓の質の重要性と言っても過言ではないと思う。

「『今夜、俺がかつて数多の美女を落としてきた最高の星空を特別に見せてやってもいいぜ( ー`дー´)キリッ』って言っていたのは、どこの誰だったんだか」

ボクは暗澹とした空を見上げて文句を言う。

「おかしい。この天気予報は的中率98%を誇るというのに」
「今夜が残りの2%なわけ?」
「ううむ・・・お前、日頃の行いが悪すぎるんじゃないのか?」
「はあ?ボクのせいにするの!?」
「それ意外考えられないだろ?」

どうしてそうなるのか。

「・・・コレじゃあ婚期も逃すよね」
「・・・それは言うな」

そんな訳で、折角の休日に満天の星空を拝みに来たものの、何の収穫もなし。貴重な休みを棒に振ってしまったのだった。

帰りの車の助手席で、ボクは不貞腐れていた。
シートに腰を埋め、溜息を吐く。
役割を果たせなかった天体望遠鏡が、後部座席で寂しそうにカタカタ揺れている。

「まぁ・・・なんだ、その、元気だせよ、な?」

もうちょっと気の利いたことは言えないんだろうか、このおっさんは。

「次の休暇が取れたらまた連れて行ってやるってw」
「次がいつか分かんないから落ち込んでるんじゃん」
「じゃあルームメイトのよしみってことで、俺のハネムーンに一日だけ特別に同行させてやるから、な?」
「それこそいつになるかわかんないって・・・」

そもそもその機会が与えられない可能性が濃厚である。

「安心しろ。俺はそろそろクーナちゃんと真剣交際しようと考えている」
「思想の自由って恐ろしいよね」

そう言えばコイツは全オラクルのスーパーアイドルであるクーナさんの大ファンで、部屋中にポスターやグッズが飾られている。
以前、クーナさんのライブのチケットが当たったと大はしゃぎし、半ば無理やりステージライブへ連れて行かれたことがあったが、ライブ中、あまりのテンションの高さに周りのお客様に多大なるご迷惑をお掛けし、警備員により連行され、挙句の果てに、あの六芒均衡のマリアさんに「羽目をはずしすぎるな馬鹿者が」と厳重注意をされるという事態に至った。(なぜかボクも怒られた。)

「あーあ。また明日から任務かぁ・・・」
「まったくだ。休む暇もねぇなぁ」

次の休暇はいつだろう。
思いを馳せれば馳せるほど、虚しくなってくる。

「ねえ」
「ん?」
「何でもない」
「何でもないのかよw」

何を言おうとしたんだったか。

「・・・ねえ」
「なんだ?w」
「何でアークスになったの?」

そういえば、今まで一度も聞いたことがなかった気がする。いや、聞いたかもしれないが忘れてしまった。

「そりゃアレだ。アークスになって、ズバーッと華麗にダーカーをなぎ倒し、オラクルの美女たちを虜にするためだ」
「ふじゅーん」

アークスとして、最高の反面教師である。

「そう言うお前は、何でアークスになったんだ?」
「ボクは・・・」

何でだろう。
相手に尋ねた割には、自分がどうしてアークスになろうとしたのかを、今まで深く考えたことがなかった。
アークスを志願したのは3年と少し前だったが、その時の動機を思い出せなかった。

そもそも動機なんてあっただろうか。
ならなければならない。そんな感覚があったような気もする。

「なるべくしてなった。そんな感じかも」
「かぁーっ!wくせえ、くさすぎるwww」
「う、うるさいっ!」

聞いておいて、とても失礼である。

「じゃあなんだ?握るべくしてツインマシンガンだったってか?w」

ボクのメインクラスはガンナーで、主に使う武器種はツインマシンガンだ。
・・・というか、これ以外の武器種は使ったことがない。

「わ、悪いのかよ!最適性がツインマシンガンだったんだから、いいじゃん!」
「適正ねぇ・・・w」

こっちをチラチラ見ながらニヤニヤと笑うコイツの顔面に、今すぐサテライトエイムを撃ち込んでやりたい衝動に駆られる。

「じゃ、じゃあなんでアンタはカタナブレイバーなんだよ?適正値だとテクニックを扱う方が上なんでしょ?」
「だって、近接クラスってかっけーじゃん まる」
「適当すぎるでしょ・・・」
「それにほら、俺がテクニックを使っちまうと、迸るフォトンが強すぎて、全オラクルのフォースから嫉妬と羨望の眼差しg」
「はいはい」

中ではそんな会話が繰り広げられながら、車は都心部へと走っていく。

しばらくするとすれ違うヘッドライトの明かりが1つ、また1つと増え、その感覚も短くなっていく。
人の多い日常へ戻ってきてしまったという事実が、ボクを更に落胆させていた。

自分がアークスであるということには、特に不満はない。
任務や課題はもちろん大変ではあるが、同時に充実感も得ていた。

けれど今日は久しぶりの休暇日であり、今まで見たこともないような、数え切れないような美しい星々を拝むことができると思って心躍らせていただけに、残念な気持ちは大きかった。

車はどんどん都心部へと吸い込まれていく。
いつもの見慣れた景色が、助手席の窓から見えている。
信号が変わると左折し、駐車スペースで車は停まった。

「さ、着いたぞ」
「うん?・・・帰るんじゃないの?」

ここはボクとコイツが暮らすアークス寮の近所ではあるが、寮の駐車場ではない。

「ちょっとな」
「えー。明日も朝早いし、もう帰ろうよー」
「いいから、ちょっと来いってw」

お互い明日は早朝から任務だというのに、一体どこへ行くのだろうか。星空も見られなかったし、今夜はもうシャワーを浴びて、早く眠ってしまいたい。
もう一度抗議をしようと運転席を見たが、運転手は既に車外に出て、大きなビルのエントランスへと歩いて行ってしまっている。
ここから歩いて帰るには遠いし、車の運転免許を持っていないボクは、渋々、後を追うしかなかった。

ビル内のエレベーターに乗り込み、最上階ボタンを押している。

「上へ、参りますっ♪」

エレベーターガールのつもりだろうか。全く似合っていない。
そもそもこんな夜更けに何の用事があるのだろう。
テンションの高いジョークにため息を吐いただけで無視をしたが、本人は気にした様子はなく、鼻歌を歌っている。
いつもの大変音痴な鼻歌、「Our fighting」だ。

最上階に着くと、フロアの隅にある非常階段のセキュリティを勝手に解除している。
これはまた怒られるんじゃ・・・というボクの懸念をよそに、屋上への階段を登り始める。

こんな屋上に何があるのだろう。
もし仮に、空気の澄み渡った晴れた夜に訪れたとしても、この眠らない街の空で星空を拝むことなど、絶対にできるはずがない。

「・・・よっ、と」

錠の掛かった『立入禁止』の柵を飛び越え、屋上の端まで進んでいる。
ものすごく後ろめたい気持ちで柵をよじ登り、息を切らしてその後姿を追う。

「うーっし、着いたぞ」

膝に手を当てて息を切らしたボクの方を振り返り、腰に手を当てて自慢気に言う。

「着いた・・・って。何しに来たの?こんな場所に」
「何って、見たかったんだろ?満天の星空が」
「はあ?」

念の為に宙を仰いでみる。
そこにはやはり暗澹とした厚い雲が一面に広がっているだけだ。
コイツが何を言っているのかさっぱり分からないが、なぜか自信あり気にボクを手招きする。

「いいから、こっちに来て見てみろって」

呼ばれるがままに屋上の端まで歩き、隣に立って顔を見上げる。

「ん、どうした?俺がそんなにイケメンか?」
「全然」
「かわいくねーなぁw」
「それはどーも。で、何?」

何も無いなら早く帰りたいのだが。

「下」
「え?」
「下だよ、下。こっから下を見てみろって」
「下・・・?」

言われるがままに、つま先立ちで屋上のフェンスから顔を出し、下を覗き込んだ。

そこには、夜更けにも関わらず眩しい程の街の明かりがあった。
夜道を照らす街灯の明かり。
ショップの店先のネオン。
マンションやビルの室内から漏れる明かり。

全ての人や車が虫のように小さく見えるこの場所から、それらの明かりは見渡す限り無限に広がる。
世の中に、これだけ多くの光が存在しているということを、この時ボクは初めて知った気がしていた。
全ての光はキラキラと輝き、ボクの知る小さな世界の隅々までを、明るく彩っている。

いつも見ている世界。
見飽きていたはずの日常。
それを改めて俯瞰した今、ボクの目には全く知ることのなかった美しい光の粒が飛び込んでくる。

「まあ、その、なんだ。本物・・・じゃないけどよw」

ハッとして、隣に立っている男の顔を再び見上げる。
照れくさそうに顔を背け、右手で自分の頭をガシガシと掻いている。
コイツはいつも都合が悪くなったり、恥ずかしくなったりすると、こうして自分の頭をガシガシと掻くのだ。

ボクはもう一度つま先立ちになり、吸い込まれるように下を覗く。

無数に輝く光の一つ一つが明滅し、それぞれが独立して主張しながらも柔らかく溶け合っている。
とても。
とても綺麗だ。
こんな景色には出逢ったことがなかった。

そうだ、これは。
これはまるで、

カタナブレイバー01

「・・・満天の星空だ」

 


 

 

こんな平穏と安寧を享受し続けることは出来ない。それは分かっている。
今、ここにある幸せは身に余ること。いや、本来あるはずのない夢だ。
温かい陽だまり中に佇むようなこの日常を、過ごし続ける資格など、あるはずがない。

いつかは終わりを迎える幻影。そう告げられている。

それでもこの道を選んだのは、紛れも無いこの自分だ。
殺すはずの者を守りたいと、せめてその時が来るまでは寄り添いたいと。

そんな我儘が、いつまでも続くはずはない。許されるわけもない。
笑えるくらいに、愚かだ。

それでも自分に嘘をつき、暗く荒んだ過去を引きずりたくはなかった。

そうだ、これはエゴだ。
定められた運命に逆らうことで、自分を、自分だけを満たす道を選んだ。
傲慢で、稚拙で、そして残酷だ。

それを分かって尚、この日々が未来永劫続くことをどこかで望んでいる。

そんなことは、有り得ないと言うのに。
今は今であり、ただの束の間にすぎないと言うのに。
”その時”が近づいていることを知りながら、この体たらくだ。

でも。
今が永遠でなかったとしても。
今は今としてここにあり、生き続けている。

だから。
だから、俺は、せめて、まだ。

 


 

 

目覚ましを掛けずに、寝たいだけ寝る。
これは恐らく、最も贅沢で幸せな休日の過ごし方だ。

ボクはむくりと起き上がり、壁掛け時計とボーッと見つめ合う。

「いい加減起きて顔でも洗って来い」

そう言われているように感じた。
仰るとおりです、ハイ。

時計の針は昼をとうに過ぎ、もう少しで夕方という時刻を指している。

昨日の任務は、早朝から深夜にまで及び、自室に帰って来た時はもうクタクタだった。
予想以上に寝過ごしてしまったが、これもまた素敵な休日だ。
気にせず顔でも洗いに行こう。

ボサボサの髪を手櫛で適当に整え、廊下に続くドアを開け・・・

「グッモォォォォオオオオオーーーーーニンッ!!煌めく夏☆弾けるフォトン★常夏の夜を彩るこの厚き胸板☆(ゝω・)vキャピ♪泣く子も黙る、ラッピーマン!ここに参」

ボクはそっとドアを閉めた。

世の中には直視してはならない悲壮な事実というものもあるのだ。
そういう時は外界との接触を避け、自室に篭り、しくしくと課題でもやっていたい。

そんなボクの、若者にしてはとても控え目な望みは、豪快に開け放たれたドアの音と共に霧散した。
全身真っ黄色のタイツにラッピーのお面を被った妙齢の男が侵入してくる。

「おいおいノリが悪いぞー?ハンスの旦那なら、『最高にクールだぜっ!そのパッションハートに涙がとまんねーよ!』って、ノッてくれるぞ?」

それはハンスさんとやってください。

「ボクは課題で忙しいの。悪いけど、変態ごっこに付き合っている時間はないから」
「課題ぃ~?お前、何言ってんだ?今日が何の日か知らねーのか?」
「ボクの住環境の劣悪さに気付いた上層部の方々が、ルームメイト変更の申請を許諾してくれる喜ばしい日、だったかな」
「おーおーw照れんな照れんなwww」
「照れてない」

どうしたらボクが照れているように見えるのか。

「祭りだよ、祭り!もう夕方になるぞ。早く用意しろって」
「あー・・・」

そうだった。
今日は年に一度の夏祭りの日だ。
アークスシップのショップエリアには色々なお店が出店し、クーナライブや花火大会が開催されて、大盛り上がりとなる。

「それは・・・行きたい、かも」

さすがに年に一度の夏祭りの日に部屋に篭って課題をするのは健全では無い気がする。

「ったりめーだろ!早く準備しろよ?・・・祭りと言えばユカタ!お前、ユカタ持ってるか?」
「あ・・・持ってない」

というか、全身真っ黄色のラッピーマンもユカタではない。

「ふっふーんwそうだと思って、お前の分も用意してやったぞ」
「え、ほんとに?」
「ま、まあな。一応ほら、その、なんだ。お前はルームメイトで、俺の直属の後輩だからな。ユカタくらいはと思ってな」
「へぇ~、たまには気が利くじゃん!ありがと」
「ばっ///た、たまに、は余計だ!ったく、か、可愛くねえな!」

そっぽを向いて右手で頭をガシガシと掻く。恥ずかしかったりバツが悪い時のコイツの昔からの癖だ。
それにしても、今日のボクのためにユカタを用意してくれているなんて想像もしていなかった。これは素直に嬉しい。

「ボクの分”も”っていうことは、自分の分もあるんでしょ?」
「そりゃそうだ。夏祭りにユカタは欠かせないからな」
「じゃあ何でそんな格好をしているの?」
「ああ、これか。ちょっとテンションが上がっちまってな」

上がりすぎじゃなかろうか。

「ほれ、ちょっと俺の部屋に来てみ?」

言われて、ラッピーマンと一緒に自室を出る。廊下に出てから、そういえばまだ顔を洗ってなかったなーと思い出したが、気にしないことにする。
何より早くユカタを着てみたかったのだ。
課題のことは綺麗サッパリ忘れ、ボクの頭の中はもうお祭り気分だ。早く準備をしてショップエリアに行こう。

「相変わらずクーナさんだらけだなあw」

連れられて部屋にはいると、壁一面に何種類ものポスターが貼られており、机上にはクーナさんを模して作られたぬいぐるみやフィギュアが所狭しと並んでいる。
いつも見ているので今更驚きもしないが、改めてコイツがクーナさんの大ファンだということが分かる。

「・・・これだ!さあ、着てみろ」

差し出されたユカタを広げてみる。
可愛らしいラッピーの刺繍が施され、色合いもピンク色を基調に・・・

「・・・って、これ、女性用じゃん」
「おう」
「おう、じゃなくて!」
「だってお前、チビだから男物は着られないだろ?」
「うっ・・・」

言われてみれば確かに、男性用のユカタではサイズが大きすぎる。だからといって女性用のユカタを着るのはさすがに抵抗がある。

「いやさすがにないでしょ、コレは」
「失礼な奴だな。良いから着てみろって。結構似合うと思うぞ?」
「だってこれは・・・」
「細かいことを気にしていると大きくなれないぞ」
「う、うるさい!これでも背が低いのを気にしているんだからな!」
「じゃあ尚更着てみろって。ユカタはユカタ、だろ?」

そういう問題じゃないと思う。
けれど、もうこの際背に腹変えられないのかもしれない。

「わ、笑わないでよ?」
「笑わねーよ」
「絶対?」
「ああ、絶対だ」
「むぐぐ・・・」

仕方ない。
女性用であってもユカタが手に入ったのは嬉しい。
意を決して袖を通し帯を締める。

「ど、どう・・・かな?///」

おそるおそる、視線だけを上目遣いに相手の反応を伺う。

「・・・プッ!ギャーーーハハハハッ!www」
「笑わないって言っただろ!嘘つき!!」
「タハーッ!!おまwwwそれ完全に女の子だぞwww」
「だから嫌だったんだ!・・・もういい。私服で行く」
「嘘、嘘だって!似合ってるぞ!・・・プッ!w」
「吹き出すなっ!!」

 

 

 

夜のショップエリアは早くも大盛況だった。
出店番の客引きの声があちこちで飛び交い、歩けば人にぶつかりそうなほどに沢山の人が夏祭りに参加している。
色々な種類の出店があり、焼きそば、たこ焼き、わたあめやあんず飴、金魚すくいに射的、冷たい飲み物も沢山売られている。

「うーー・・・。やっぱり私服で来ればよかった・・・」
結局ボクはプレゼントされた女性用のユカタウルを着ていた。
散々拒絶して脱ごうとしたのをなだめられ、渋々この格好のまま参加することになったのだ。皮肉なことにサイズはピッタリだ。

「大丈夫だってw案外ちゃんと馴染んでるぞ」
「そうなの・・・かな?」
「おう。俺は嘘はつかん」

まずそれが嘘だ。
と胸中でツッコミを入れつつも、今回はその言葉を信じることにした。
ここまで来てしまったからには、もうどうすることも出来ない。
それに、正直なことを言えば”ユカタ”を着られて気分は高揚していた。

「お祭りかぁ。まずはクーナライブでしょう?あ、花火大会もあるんだっけ!・・・あ、あと、焼きそばとかも食べたい!それから・・・」
「・・・プッ!w」
「な、何だよ」
「結局楽しんでるじゃねーかw」
「あ、当たり前じゃん。お祭りは楽しみだったし。・・・悪いの?」
「『バーカ』」
「なっ!急に何だよ!それに、それは言わない約束でしょ!」
「おっと、わりぃわりぃ、つい、なw」

この『バーカ』という呼び方には、ちょっとした出来事があった。・・・まあ、ボクが悪いのだけれど。

 

一年前のある日、ボクとコイツは二人でクエストに出掛けていた。
その際に、ボクが色々とミスをしてしまい、そのことを笑いながらからかわれたのだ。
コイツとしては冗談のつもりだったみたいだが、ボクはムッとしていた。

クエストから帰るとコイツはすぐに寝付いてしまった。
ボクは部屋の壁に立てかけてあったコイツの愛刀「サンゲ」をそっと手に取り、その刃に『バーカ』という文字を金属片で刻んだのだ。

ボクのミスを馬鹿にしたことに対するほんの仕返しのつもりだったのだが、翌朝「サンゲ」を見たコイツはボクの頭にゲンコツを落とした。
コイツに殴られたのは、これが最初で今のところ最後だ。
その後小一時間説教を受け、口調こそ強くなかったが珍しく真面目に怒られた。

というのも、この「サンゲ」は、コイツの両親が事故でなくなった(と聞いている)際に、唯一持ってきたという、言わば両親の忘れ形見だったのだ。
そうとは知らず、軽い気持ちで酷いことをしてしまった。

さすがにボクも悪ふざけが過ぎたと反省をして「ごめんなさい」と素直に謝ったが、その時コイツはこう言ったのだ。

「分かった。じゃあ・・・今日からお前の名前は『バーカ』もしくは『キューティ☆バブChan!』のどちらかだ。さあ、選べ」
「どっちも嫌だよ!っていうかふたつ目はどこから出てきたの!?」

そんなこんなで、しばらく『バーカ』と呼ばれ続けたが、ある日を境に「反省しているみたいだし、もう『バーカ』はお蔵入りだ」と言い、許してもらったのだ。
それでもこうしてたまに『バーカ』と唐突に呼ばれることがあり、その都度、約束が違うと反論している。

『バーカ』というネーミングはさておき、ボクがコイツの両親の忘れ形見に、軽率な悪ふざけで傷を付けたことを思い出して、罪悪感を抱くのが辛いのだ。

 

「ジグさんに頼んでこの傷を消してもらおうよ。ボクがメセタを払うから」

こう何度も提案したのだが、その時はいつも決まってこう返された。

「んまあ、思い出の一つってことで良いさ。・・・それにこの刀身の傷がある限り、一生お前を揺さぶれる^q^」

勘弁してください(白目)。

 

―――『まもなく、ショップエリアにてステージライブが開催されます』

「おい、やべえ!急げ!」
「ちょ、うわっ!」

急に腕を引っ張られてよろめく。
人混みをかき分けて何人かに激突しながらステージライブ会場へ、引きずられるように向かう。

 

 

 

『みんなー、きてくれてありがとー!』
「どういたしましてぇぇぇぇえええええーっ!!」
「ちょっ!暴れすぎ!!」

『今日も全身全霊、魂込めて、あっついあの歌、歌うからねー!明るく、激しく、鮮烈にっ!』
「俺の、胸板、鮮烈にぃぃいいーーーっ!」
「意味分かんないって!!」

『みんなも盛り上がって、いこーっ!Our Fighting!』

クーナライブが始まると、会場は歓声でどよめいた。
素敵な衣装に身を包んだクーナさんがステージ上で華麗に踊り、そしてその歌声でみんなを魅了していく。
とっても綺麗だなぁ。。。と思う。
人を引き付ける美貌と歌声は、さすがオラクルナンバーワンアイドルだと思った。
周りのみんなも、歌に合わせてネオンを振ったり踊ったりしながらライブに参加していた。

 

『ここにいる”I”その意味を
問いかける”Why?”そんな瞬間あがあるよね
誰も 時には不意に
胸にある”Pain”その痛み
笑っても”Fake”作り微笑いじゃ癒えない
本当の気持ちに嘘はつけない
・・・』

 

「俺氏、漢泣き」
「ホントに泣いてるwwwって、わっ!!自分ので拭いてよ!」

なぜコイツはボクの浴衣で涙を拭うのか。

「すばらしい・・・すばらしいぞ・・・っ!」
「う、うんw」
「アンコォォォォオオオオオーーーーールッッ!!!」

今宵、HENTAI男の雄叫びはとどまることを知らない。

 

 

 

「楽しかったね!」
「ああ、最高だった・・・。俺はもう心を決めたよ。クーナちゃん、俺と結婚を前提にお付き」
「あっ!!」

隣で何か言っていたが、ボクの目には一件のお店が飛び込んできた。
みんながアサルトライフルを模した銃を構え、遠くにある標的を狙っている。
横には景品がズラーっと並び、1等賞から参加賞まで、色んなグッズが用意されていた。

「へぇ、射的か」
「ねえねえ、寄って行こうよ!景品は何があるのかな!?」
「『バーカ』www」
「なっ!。。。さっきからなんだよ!それは言わないって」
「ああ、わりぃわりぃw。。。いやーしかしお前、すげー楽しんでるなーって思ってなw」

確かに、言われてみると我を忘れて楽しんでいる自分がいる。今までこんなに夢中で楽しんだことがあっただろうか。

「あ、あたりまえじゃん。お祭りだし。わ、悪いのかよ」
「いや、いいんじゃねーの?折角の祭だ。思い切り楽しまなきゃなw」
「だ、だよね!」
「どれ、射的でもやってみっかな」
「おっ!どれどれ、景品は何が。。。」

飾られた景品を見やる。色んな景品が所狭しに並んでいるが、

「なんだとぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!」

鼻息荒く雄叫びを上げ、コイツが向かった先には、一等賞の景品が飾られていた。
その景品をみて、コイツの興奮の理由を瞬時に理解する。

『アイドルクーナ等身大フィギュア』

「おい」
「うん?」
「一等賞の景品をもらうためには、どの的を射抜けば良いか、分かるか?」
「ええと。。。」

射的場内の的を見やる。大小色々な的が飾られている中で、一際遠く一際小さい的が、一つだけ用意されていた。
その周囲には射的用のゴム弾すらあまり落ちていない。あまりの難易度にみな、敬遠しているのだろう。
実際ボクがやるとしても、あの的を狙おうとは思わない。さすがに無理がある。

「あれは。。。無理でしょw」

「かつて戦場には、ひとりのレンジャーがいた」

「あ、ほら。3等賞にもクーナさんの特大クッションがあるじゃん。あれならもしかしたら・・・」

「その男はアサルトライフル一丁のみを携え、孤高にも一人、荒野の高台からスコープを覗き続けた」

「お~~ぃ^^;」

「その男の瞳には一点の曇もなく、任務という己の使命だけを見つめ続けていた」

人の話を聞かないとは、正にこのことである。

「その男の存在を知らぬまま、敵兵は一人、また一人と、無残にも射抜かれていった。広大な戦場にあって、見渡す限りその男を視認することは、敵兵はおろか味方でさえも不可能だった。どんなに目標から離れていても、その男に狙われた獲物は、為す術もなく撃ち抜かれていく定めにあった。姿形は見えずとも、そこには有りえぬほどの射撃能力をもったレンジャーがいる。その事実が戦場を支配し、そして敵兵には畏怖の念を、味方には希望を与え続けた。そう・・・。人は皆その姿見えぬ狙撃兵のことを、羨望の意を込めてこう呼んだ。―――『伝説のシャープシューター』」

コイツの想像力はもはや伝説級である。

「旦那。いつものアサルト、用意できるか?」

射的屋のおじさんに、「キメッ」という表情で小銭を支払う。

「いつもの?」
「あ、いえ、コイツのことは気にしないでください。中二病なんです」

怪訝そうなおじさんからみんなと全く同じ規格の射的用アサルトライフルを受け取ると、ゆっくりと射的位置に着く。
一つ深呼吸をし、射的用アサルトライフルを構える。スコープを覗くその目は、確かに凄腕のレンジャーのそれに見えなくもない。
『伝説のシャープシューター』。
そう言われても信じてしまいそうだ。
・・・雰囲気だけは。

引き金に人差し指をそっとかざす。
触れるか触れないかの位置で一度静止し、そして静かに一言つぶやく。

「狙った獲物は、逃さねえぜ」
「・・・!」

引き金を引いた。

 

「『伝説のシャープシューター』さん、ちーーーっすwww」
「ぐぬぬ・・・」

わなわなと震えるコイツの手には、小さなポケットティッシュが握られていた。
一瞬、その雰囲気に騙され、一等賞の的を射抜いたか、とも思われたが、弾は全く見当違いの方向に飛んでいった。

「いいじゃん、参加賞もらえたんだしw」

コイツの持つポケットティッシュには、いつもショップエリアにいるモニカさんがプリントされており、不安そうな目でこちらを見ている。吹き出しには「また、来てくれます、よね?」と書かれていた。なんとも皮肉なポケットティッシュだ。

「くそっ・・・!いつものアサルトならこんな失態は・・・」
「はいはいw・・・あー、楽しかった~!なんか沢山遊んだらお腹すいちゃったよw」
「子供かよw」
「せんぱーい。可愛い後輩に焼きそばとたこ焼きを奢ってくださーい」
「こういう時だけ後輩面すんなw」
「あ、あっちにあんず飴が売ってる!あれ食べたい!ねえ行こうよ!」
「ん?お、そうだな。しょうがねえ、何か一つくらい・・・っと。ちょっとわりい」

奢ってくれるのか!と思ったが、何やら携帯端末を取り出し、小走りであっちの方に行ってしまった。
今日は休暇だというのに仕事用の携帯端末をちゃんと持ち歩いているあたりは真面目である。ちなみにボクは自室に置きっぱなしだ。コフィーさんにバレたらただじゃ済まなさそうだが、きっと今日は何も連絡はないだろう。

「もぉー、遅いぞー!早くこっちこっち!」

クーナライブが終わり、屋台は大繁盛だった。早く並ばないとお目当ての品がなくなってしまいそうだ。

「おいしそーっ!あんず飴!これ食べたかったんだよね~!ボクこれがいい!」

割り箸のさきに杏が入った水飴の玉ができている。中でも一番大きそうな綺麗な飴を指差す。

「ほい」
「え、いいの?」

ほい、と言ってあんず飴を買い渡してくる。いつになく素直だ。いつもならまずは「自分で買え」というくせに。クーナライブで心が大きくなったのだろうか。

「わーい!さっすが先輩♪」

奢ってもらったあんず飴をペロペロと舐める。水飴の甘い味がとっても美味しい。まさにお祭りに来た気分だ。

「あ、あとで焼きそばとたこ焼きも食べようよ!どっちが好きなの?」
「ん?・・・ああ」
「うん?」
「ああ、そうだな」
「どっちが好きなの?」
「ん?何がだ?」
「何がって、焼きそばとたこ焼きだよ!聞いていなかったの?」

少し怪訝に思って、表情を見上げてみる。さっきまでの元気がないように見える。顔色も良くなさそうだ。
射的でクーナさんの等身大フィギュアが手に入らなかったのが、そんなにショックだったのだろうか。

「もう一回射的、行く?」

少し気を利かせて聞いてみる。

「ん?ああ、大丈夫だw」
「そう?なんか顔色悪くない?」
「そうか?」
「うん、元気も無いみたいだし」

急にどうしたんだろう。
クーナライブや射的ではしゃぎすぎて、疲れてしまったんだろうか。だが、この程度で疲れるコイツではないような気がするが。

「体調悪いなら、少し休もうよ。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったんじゃないの?w」
「ん、ああいや、大丈夫だ」
「・・・そう?」
「それにほら、次は花火があるだろ?急がないと良い場所で見れないぞ」
「あ、そっか!じゃあ行こっ!」

そうだった、このお祭りの締めには、花火大会があるのだ。
久々の花火に心が踊る。コイツの体調が少し心配ではあったが、きっと大丈夫だろう。
花火が始まれば、「たぁ~まや~っ!」なんて言い出すに違いない。

「ああー楽しみだなー、花火!」
「そうかw」
「あれでしょ!ラッピーの花火とかも上がるってプログラムに書いてあったよね!」
「おう」
「それに今年からはリリーパの花火もあるんじゃなかったっけ?」
「ん、・・・ああ」
「わぁー!すっごく楽しみだ!」
「・・・」
「ねえねえ!特等席ってどこなのかな!西側の方がよく見えるってさっきパティさんが話してたけど、本当かなぁー?」
「・・・」
「西側だとするとこっちから回ったほうが近道だね!急ごうよ!」
「・・・」
「あ、あと途中で配っている”ラッピーうちわ”をもら」
「なあ」
「うん?」
「ちょっと、こっち来い」
「え?花火そっちじゃないでしょ?」
「いいから。ちょっとだけだ」
「えーーー。早く行かないといい席取れないってさっき言って」
「いいから来いって」
「もぉー・・・」

渋々、呼ばれるままについて行く。少し人気を避けたような場所まで連れてこられる。ここからでは花火は見えない。それにさっきからずっと様子が変だ。

「さっきからどうしたの?顔色も悪いし、なんだか変だよ?」
「・・・」
「何か冷たい飲み物でも買ってきてあげようか?やっぱりちょっと疲れちゃったんじゃ・・・」
「なあ」
「うん?」
「・・・」

やっぱりどこか様子が変だ。
こんなに歯切れの悪いコイツを見たことはない。ただ疲れている、というわけでもないようだ。

「少し休む?」
「・・・いや」

気を遣って言ってみたが、断られてしまう。

「うーん。楽しみにしていたけど、本当に体調が悪いなら帰ろっか?花火が見られないのは残念だけど、ライブとか色々、楽しかったし!」
「・・・」
「それにほら、来年もまたお祭り・・・」
「来年・・・来年か」
「うん?」
「なあ」
「なあに?」
「お前は、今、楽しいか?」
「うん?楽しいよ?年に一度のお祭りだし」
「違う。祭りだけじゃない。・・・アークスとして過ごす日々が、だ」

唐突な質問に驚く。
しっかり考えたことも無かったが、大きな不満はない。

「んーまあ、楽しいよ。任務とかは大変だし辛いこともあるけど。。。でも結構充実してる、かな」
「そうか」

反応は素っ気ない。

「お前、なんでアークスになったんだ?」

以前も聞かれたことだ。
確かあの時は、真面目に答えたら、「くさすぎるw」といって笑われたような気がする。

「どうせまた笑うから言わなーい」
「笑わねえよ」
「ホントに~?」
「本当だ」
「嘘でしょw」
「笑わねえ・・・。笑うもんかよ」
「・・・!」

そう言うコイツの表情を見上げる。暗くて良くは見えないが、真剣な表情なのは分かった。
コイツの、こんな真剣な表情は見たことがなかった。
その表情の真剣さの中に、息の詰まるような何かを感じた。
その何かは、分からないが。

答えなければならない。そんな雰囲気に囚われた。
もう一度、再考する。
答えはあの日、満天の星空を見に行った日のそれと、同じだった。

「なるべくしてなった。そんな感じ」

明確な理由は自分でも分からない。ただ、無意識下で常にそう感じ取っているという感覚があったのだ。
深く考えたことはなかったが、自分がアークスであることが、自然の摂理であるかのようにも感じていた。

「なるべくしてなった。・・・そうか」
「うん」
「分かった」
「うん」
「・・・もう一つ聞かせてくれ」
「うん?」

表情は以前としてよく見えないが、ふざけている訳ではないようだった。質問の意図は依然として分からないが、しっかり聞くべく耳を傾ける。

「俺と過ごす毎日は、楽しかったか?」

あんず飴を床に落としそうになった。
質問内容が突飛すぎて、開いた口が塞がらない。

「え?・・・あ、うん、別に嫌じゃないし、その・・・。もうちょっと落ち着いてくれたら良いかなって。あ、でも別に嫌じゃないっていうか、その・・・」

おそるおそる顔を上げる。まだこちらを真剣な顔で見つめている。
目を合わせられなくて、また床に視線を落とす。

「あの、その・・・楽しい・・・です」

恥ずかしすぎて、最後はゴニョゴニョと敬語になってしまう。
それでもなんとか相手に声は届いたかな、と思う。
再び視線を上げる・・・と、頭の上に何かがふわっと降ってきた。

今度は本当にあんず飴を落としてしまった。
頭の上に降ってきたのは、目の前の、長身痩躯な男の、大きな右手だった。

「な、ど、どうしたんだよ!」
「楽しいか、そうか」
「え、あ、うん・・・」
「なあ」
「うん?」

ここでやっと頭の上の右手をどけてもらえた。抑えられていた頭を上げると、自然と視線が交錯した。

「強くなれよ」
「え?」

今、コイツはボクに何と?

「強くなれ。俺なんかよりも、ずっとだ。倒せないエネミーなんていねーぜってくらいにな」
「あ、うん・・・なれるかどうか分からないけど・・・頑張る」
「約束だぞ」
「うん、約束・・・する」

そこで、コイツの表情がふっと和らいだ。
右手を上げ、自分の頭をガシガシと掻いている。
都合が悪かったり、恥ずかしかったりするときの、コイツの癖だ。

既に緊迫した固い表情は無く、いつものコイツの柔和な表情が戻っていた。

「・・・ぷっ!『バーカ』www」
「なっ!ちょっとなんだよ!!」
「ハッハッハ!お前が俺より強くなれるわけねーだろww」
「ば、馬鹿にすんなよ!分かんないじゃん!」
「俺の次に強くなれても、俺を越えることはできないぞ。なんといっても、俺、最強だからな(ドヤァ」

急にいつもの調子のドヤ顔で言い放つと、手をヒラヒラと振って、どこかへ歩いて行ってしまう。

「何なの・・・って、おーい!そっち花火会場じゃないぞー!」
「ああ、ちょっと急用を思い出しちまってな」
「急用って・・・今日はお祭りの日でしょ?用事ってなんだよー!」
「モテる男に休む暇なんぞないのさ」
「じゃあアンタはヒマじゃないか!」
「っせえ!・・・ったく。まあ少ししたらそっちに行くから、先行ってろ。良い席取っておけよ」
「ええーー?まったく・・・仕方ないなぁ・・・。早く来てよー?」
「おう、分かった分かったw」

そう言うとテレポーターに乗り、どこかへ行ってしまう。
ボクは仕方なく、一人で花火会場へ向かう。良い席を取っておき、あとでたこ焼きを奢らせよう。

それにしても、さっきの緊迫した空気は何だったのだろう。
かれこれ3年以上の付き合いになるが、あんなに真剣で思いつめたような表情を見たのはこれが初めてだった。
それでも最後はいつもの調子に戻っていたのでホッとしたが、やや気がかりではある。
とは言え、今は気にしても仕方なさそうなので、とりあえずは良しとしよう。
用事を済ませて帰ってくるまでに、特等席を取らないと。

 


 

 

俺の両親はかつて、ダーカーに殺された。
俺がまだ幼い頃の話だ。
ダーカーに八つ裂きにされ、モノ言わぬ姿となった両親を見て、俺は深い憎しみを抱き、ダーカーへの復讐を誓った。

それ以降、アークスへの適正が極めて高かった俺は、難なく登用試験に合格し、アークスとなる。
全ては復讐のため、この世のダーカーを一匹残らず葬り去るためだ。

何年もの間、俺はその一心でクエストへ参加し、ダーカーというダーカーを殺し続けた。
殺意だけが、俺のアークスとしての日々を繋いでいた。

テクニックへの適性が高かった俺があえて近接クラスを選んだ理由は、ダーカーを切り裂くその感覚を得ることで己の使命を全うしていると認識できたからだ。

そんなある日、六芒均衡のマリアさんから呼び出しを受けた。
ダーカーを殺すこと以外に興味を持てなかった俺は、その呼出さえも鬱陶しく感じたが、なんでも、”重要な話”とのことだったので、仕方なく会いに行った。
結局それが俺にとっての転換点となる。
呼びだされた俺に、マリアさんはこう告げた。

「一人、後輩アークスの面倒を見てほしい」

当然俺は断った。
ダーカーの殺戮以外に興味はない。他のアークスと慣れ合うつもりなど毛頭なかった。
だが、マリアさんは続けた。

「最近登用試験に合格したばかりの新人アークスだ。そして彼は、普通のヒューマンではない」
「普通のヒューマンではない?」
「彼は、ダーカーでもある。よってお前に打診しようと決めたのだ」

意味がわからなかった。
アークスであり、普通のヒューマンではなく、そしてダーカーでもある?

「長話をする気はない。率直に教えてくれないか」
「せっかちな男だな。年寄りをもう少し労ったらどうだい?・・・まあ、良い。単刀直入に言おう。彼は、アークスとダーカーの間に出来た子だ」

衝撃的だった。
信じられることではないが、この人が俺に嘘をいう意味もない。

「どういうことだ」
「詳細は省く。お前は長話が嫌いみたいだからな」
「助かる」
「・・・かつて、ある組織によって、悲惨な人体実験が繰り返されていた。早い話が、ヒューマンとダーカーとのこう配実験だ。連中は『アークスの新たなる可能性の創出』と大義名分を掲げていたようだが、内容は人道を逸していた」
「馬鹿な。そんなことをしたって、拒絶反応で対象は生存できるはずがない」
「その通りだ。実験の対象となった数多の胎児は、試験管の中で息絶えていった。ただ、一人を除いて、な」
「それが、その”新人アークス”だと言うのか?」
「そうだ」

にわかに信じ難い話だ。そんなことが本当に有りうるのだろうか。

「信じられないのも無理はない。だが、ここで私が嘘をつく必要があると思うか?」
「・・・」
「彼の今の姿はヒューマンそのものだ。だれが見ても、まさかダーカーとヒューマンの間の子だとは思わないだろう」
「なぜ、そいつをアークスにしたんだ?」
「それはな・・・」

マリアさんはそこで一度言葉を切った。俺は続く言葉を待つ。

「彼の中にあるダーカーとしての性質が発現した時に、速やかに彼を消すためだ」
「・・・!」

俺は驚いた。それと同時に納得もしていた。
なるほど、つまりはこういうことだ。

ダーカーとヒューマンとの間の子であるそいつが一般人として生活している中で、ダーカーの性質に覚醒めてしまった場合、簡単にその存在を消すことが出来ない上に、周囲に知れ渡ればその影響は計り知れない。
だが、アークスとして上層部の管理下にあれば、周囲への影響を最小限に留めることが可能となり、また”万が一”の時は、クエスト中の不慮の事故として”処理”することができる。

「つまり、俺の指揮下にそいつを置き、ダーカーとして覚醒した際にはそいつを殺せ、ということか」
「・・・頼めるか?」

まず、この話を信じるかどうかは別だが、仮にダーカーでもあるというのなら、そいつは俺の復讐の対象だ。

「ひとつ、聞いてもいいか?」
「なんだ?」
「この話が本当だとして、そいつがダーカーとして覚醒すれば俺がその場でそいつを殺す。だが、覚醒めなければ・・・」
「我々もその可能性に掛けたいと思っている。しかし、ダーカーとして覚醒しなかったとしても、一つ、問題がある」
「問題?」
「原因はおそらく、その子に宿るダーカー血によるものだと推測されるが、彼はダーカーを必要以上に呼び寄せるのだ」
「ダーカーが、そいつを回収しに来ていると言うことか?」
「そうとも捉えられる。彼をアークスとしたのは、平和に暮らす一般大衆から遠ざけることで、ダーカー襲来による被害を最小限にしたいという狙いもあった」
「なるほどな」
「いつになるかは分からないが、あの子がいずれ、我々六芒均衡の手にも負えないほどの強力なダーカーを呼び寄せてしまう日も、来るのかもしれない」

そんなダーカーが存在するのだろうか。いずれにしても・・・

「その時は俺がそのダーカーを八つ裂きにしてやる」
「もしくは、その子を殺せ。そうすれば、ある程度事態は収集するだろう」
「・・・」
「その判断は、お前に任せる。元々ダーカーを殺すことにしか興味を示さないお前だ。”万が一”の時の判断は鈍らないだろう?」
「ああ、そうだな」

そうして、俺は、とある”新人アークス”とルームメイトとして共同生活をすることになった。

初めてそいつと会った時、そいつは確かに、まったくダーカーらしさはなく、至って普通のヒューマンだった。

チビで生意気で、でもたまに可愛気もあるくらいだ。

半分ダーカーの血が混じっているとのことだが、不思議と憎悪や殺意は湧いてこなかった。
姿形がヒューマンそのものだから、だったのかも知れない。

その後はそいつとの平穏な日々が続いた。

俺は”先輩アークス”として、そいつのクエストに付き合ったり、色んなスキルを教えていった。
無論、マリアさんから受けた”例の話”は常に頭の片隅にあった。

始めは、あまりに”普通過ぎて”、あの話は何かの冗談で、まんまと嵌められたのかとさえ思っていた。
だが、注意深く観察していると、その話は本当かもしれないと思うようになった。

そいつと一緒にクエストを進めていると、やたらとダーカーが出現した。
そして大して強いフォトンも放っていないそいつが、俺を差し置いてダーカーのヘイトを集めるのだ。

こう言ってはなんだが、俺は、第三者的な視点で見ても、上級アークスだった。
もともとアークスとしての適性が極めて高い上に、ダーカーを殺し続けるためだけに日々腕を磨いてきたのだから、当然といえば当然だ。
六芒均衡ほどの実力は無いかもしれないが、それに匹敵するくらいのフォトンの強さを持っている。
そんな俺を差し置いてヘイトを集めている”小さなアークス”を見続けて、マリアさんの話には一定の信憑性があると確信していった。

こいつはダーカーを呼んでいる、と。
一方で、まったくダーカーらしさのないこいつとの日々も、いつしか楽しむようになっていた。
普段の生活の中で、自分でも驚くほどに笑うようになったな、と感じていた。
こいつと出会うまでは、両親を失って以降、こんなに笑ったことがあっただろうか。

たまに出会うマリアさんには、
「お前、変わったな」
と、度々言われた。

その”小さな後輩アークス”との生活を、俺はいつしか人生の楽しみとさえ感じるようになっていた。

傍らで、それが束の間の休息だというとこを、知っていながらも。

 


 

 

到着した惑星リリーパの採掘場跡は、しん、と静まり返っていた。風が吹き、砂埃が舞う。

俺は携えたサンゲをそっと撫でる。
アークスになった頃からずっと使っている俺の愛刀で、そして親の忘れ形見だ。

そっと、鞘から刀身を抜く。
そこには一つの言葉が彫られていた。

「『バーカ』」

俺はその文字を声に出して読む。

以前、あいつが悪戯で彫ったものだ。
あの時俺は、「これは俺の親の忘れ形見なんだぞ」と、少し強く叱ったが、実は全く怒ってなんていなかった。

むしろ、俺はあいつに感謝していた。

ただ俺は照れくさくて、感謝の言葉を口にする代わりに、あいつを少し強く叱り、適当なアダ名としてあいつのことを『バーカ』と呼んだ。

どっちが子供かわかったもんじゃない。

『バーカ』

この文字を見るたびに、俺が如何に馬鹿野郎だったかを教えてくれる。
あいつにそんなつもりは当然なかっただろうが、俺は、愛刀サンゲにこの言葉が刻まれると同時に、復讐のために生き続けることを辞めた。

そうだ。
復讐のため、憎しみのためにだけ生き続けること。
それは本当に『バーカ』な奴がすることだ。

このカタナは、そんな醜い野望の為に振るわれるものではない。
このカタナは、誰かを殺すためのカタナではない。

このサンゲに『バーカ』と刻んでくれたコイツとともに生き抜く未来を選んだ。

そうだ、このカタナは。

「・・・おいで、なすったか」

静寂を切り裂き、遠く、地響きがした。
少しして、その衝撃が、砂嵐とともに俺を襲う。
腕を翳して砂嵐を避け、目を細めて前方を見る。

激しい砂嵐の中に、その巨大なシルエットが浮かんでいる。
ゆっくりではあるが、着実にこっちへ近づいてくる。

『我々六芒均衡の手にも負えないほどの強力なダーカーを呼び寄せてしまう日も、来るのかもしれない―――』

昔、言われた言葉を思い出した。

ズシ・・・ズシ・・・と重い音を立て、巨大なダーカーは近づいてきている。
俺はその姿を見ながら、静かに待った。
もう、見上げなければ、その全身を捉えることは出来ない位置まで近づいて来ていた。

「でけえ図体してんなぁ」

自分の何倍もあるその巨体を見ながら、俺は戦慄を覚えていた。
ダーカーに対して、ここまで戦慄したのは、初めてだった。

今まで何万体というダーカーと対峙し、葬ってきたが、この恐怖は味わったことがなかった。

 

死ぬ。

 

その思いが、脳裏を掠め、手が震えた。

死への恐怖というのは、こういうことなのだろうか。

膝が笑う。

情けない。

 

俺は何も返せていないじゃないか。

俺はあいつに何をしてやれた。

あいつはさっき、俺との生活が楽しいと言ってくれた。

最後まで聞くつもりはなかった。

でも俺は聞きたくなった。

あいつの口から、その言葉を聞きたくなった。

ホント、俺は弱くて、傲慢で、どうしようもなく馬鹿野郎だ。

あいつの方が、よっぽど大人じゃねえか。

俺はあいつから、沢山の大事なものをもらった。

あいつは俺に、大切な事を気づかせてくれた。

俺は、あいつに何をしてやれる。

俺は・・・

 

まだ、もうほんの少しだけ時間がある。

俺は自分の胸の内ポケットから一枚の紙を取り出した。

目を閉じ、そこに書かれた言葉を復唱する。

1回。

2回。

3回。

ゆっくりと、まじないのように唱えた。
そしてその紙を丁寧に畳み、再び胸の内ポケットにしまう。

目を開けた。
このカタナは、大切な人を守るためにある。
「・・・お手柔らかにたのむぞ。虫けら野郎・・・!!」

 


 

 

「た~まやぁ~・・・はぁ」
花火が終わっても、アイツは帰ってこなかった。
いつも一緒にいるとうるさくて鬱陶しいのだが、いるべき時にいないのは、なんだかちょっと寂しいかもしれない。
「何やってるんだよもぉー・・・
我ながら子供だと思いながらも不貞腐れていた。
帰って来たら目一杯奢らせてやらねばならない。

花火大会も終わり、屋台も後片付けを始めている。
今年の夏祭りも終わりを迎えていた。
ボクはここにいてもやることはないので、自室に帰ることにした。

ショップエリアにくるっと背を向け、帰宅すべく、歩き出した、その時。

けたたましいサイレンと共に、緊迫した船内放送が流れた。

『アークス各員へ緊急連絡。惑星リリーパの採掘基地周辺に、多数のダーカーが終結しつつあります。繰り返します。惑星リリーパ採掘基地周辺に―――』

「緊急任務!?」
なんだってこんな時に。
周囲も騒然としている。

そうだ。アイツに連絡をしなくては。
「こんな時に、どこで油を売っているんだよ・・・!」
辺りを見渡し、適当なコンソールに駆け寄る。自分の携帯端末は自室に置きっぱなしだ。

アイツのアークスIDを入力し、パスコードを打ち込む。
そこに記載された情報を見て、ボクは血の気が引いた。

アイツは、知っていたんだ。
【現在地:惑星リリーパ 採掘場跡】

 


 

 

「はぁ・・・はぁ・・・ど、どいて!」
人混みを掻き分け、前へ進む。
設置されたテレポーターを勝手に起動し、転送を待つ。

「あ、こら!待ちなさい!」

抑止する警備員の言葉を無視し、テレポーターから転送される。
受注難易度からして、ボクのレベルではその場に行く事すら許されないが、そんなルールは全て無視した。

さっきから、この胸に嫌な予感が虫唾のように走り回り、不安と焦燥感に苛まれている。

そして、転送先は既にダーカーの姿は見当たらなかった。
代わりにそこにあったのは、崩壊した採掘基地、ただの機械屑と化したA.I.S、そして、無残な姿で倒れ、もう息をすることのないアークスたちの姿だった。

「そんな・・・」

馬鹿な。

このクエストには、オラクルの精鋭部隊が招集されているはずだ。規格外の戦闘力を誇るA.I.Sだって大量投入されている。
それが、こんな・・・。

ハッ、とした。
そして同時に恐怖した。
いや、そんなはずはない。決してそんなはずはない。

「落ち着け・・・落ち着け・・・」

アイツも、ここに来ていたはずだ。

 

アイツハ、ドコニイル?

 

胸の鼓動が早くなる。嫌な汗が頬を伝う。

崩壊した採掘場跡を走り回り、ありったけの声でアイツの名前を呼んだ。
隅から隅まで探し、瓦礫の下を隈なく除く。

しかし、アイツの姿は無い。

そこで見つけたのは、戦死したアークスたちの家族や恋人だろうか、もうモノ言わぬアークスを抱き、涙を流しながら叫ぶ、そんな人達の悲しい姿だけだった。

見ていられなくて、ボクは俯いた。

現実を突きつけられ、ボクは震えていた。
アイツの姿が見えない不安と同時に、アイツの姿を見たくないという思いが強まっていく。

「馬鹿なこと、考えるなよ・・・」

自分を叱咤する声も、弱々しい。

まさか、だ。

まさかアイツが死ぬなんて、有り得ない。
そう、自分に言い聞かせ、荒れ果てた荒野を彷徨う。

「・・・あれは!」

遠く、一枚の布切れが落ちているのが見える。
少し近づくと、それがアークスの制服であることが分かる。周囲にその持ち主らしき姿はない。
オリーブグリーンのその制服は、元のその色が分からないほどに、血に塗れていた。
触れるとその血はまだ生暖かった。

その制服を広げて見る。
やや大きめのその制服の内側には、持ち主の名前が刺繍されていた。

「・・・」

アイツの、名前だった。

さらにその近くには、一本のカタナが転がっていた。
言わずもがな。
アイツの愛刀、サンゲだ。

ボクは、自分が地面にめりこんでいくような感覚を覚えた。
平衡感覚が失われて、目眩がする。

やっぱりアイツは、ここに来ていたんだ。
そしてダーカーと戦っていた。
そして。

 

周囲を見渡しても、やはりアイツの姿は見当たらなかった。

大声を上げ、制服に刺繍されたその名を呼ぶ。

何度も何度も。

でも、返ってくる声は、無かった。

 

ボクは血まみれになったアイツの制服とサンゲを胸にギュッと抱いた。

胸に抱くと、その重みが何を意味するのか、理解したくないという思いに反して、分かってしまう。

これだけの血を流して、生きていられる者はいないだろう。

どんなに強く、どんなに逞しく、どんなに勇敢で、どんなに優しい、アークスであったとしても。

 

ボクは胸の苦しみを抑えて、涙を堪えた。

ボクがクエストの失敗で悔し泣きをすると、アイツはいつも決まって、ボクの頭に手を置き、「泣くな、男だろ?」そう言った。

ボクは男だ。

ボクはアイツの後輩だ。

だから、涙は流すもんか。

 

そしてアイツの言葉を思い出した。

 

『俺と過ごす毎日は、楽しかったか?』

 

アイツは、楽しいか、とは聞かなかった。
楽し”かった”か?
そう聞いた。

これが何を意味するのか、その時のボクは気にも止めていなかった。

でも。

あの時アイツは全部分かっていたんだ。
あの後起こることの全てを。

それでいて、ボクの前では楽しそうに振舞っていたんだ。
ボクが楽しみにしていたお祭りに水をささない為に。

ホントにアイツは・・・

 

嗚咽と涙を我慢しすぎて、ボクは咳込んだ。

その時、血にまみれたアイツの制服の胸ポケットから、何かが落ちた。

ボクはそれを拾い上げる。

それは一枚の折り畳まれた紙だった。

開くと中には何か文字が書いてある。

言葉、のようだった。

溢れそうになる涙を拭い、ボクはもう一度その紙片に目を落とした。

いつも見慣れた字が、そこにはあった。

やや角ばった、お世辞にも綺麗とは言えないアイツの字。

それでも、そこにはしっかりと、濃く、言葉が紡がれていた。

まるで、何があっても消えることのないように、世界が荒廃しても色褪せることのないように、強く、強く。

 

そこには、こう、書かれていた。

 

「負けんなよ、俺。

逃げんなよ、俺。

怯えんなよ、俺。

大切な『バーカ』を、守るために。」

 

涙が溢れた。

止まらなかった。

嗚咽が溢れ、声にならなかった。

 

アイツと過ごした日々が、何の変哲もない毎日が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

アイツは、馬鹿で、お調子者で、空気も読めなくて、口も悪くて、大雑把で。

どうしようもないほどに、温かかった。

ボクは、幸せだった。

 

アイツの血に塗れた制服とサンゲを胸に抱き、ボクは声が枯れても、ずっとずっと、泣き叫んでいた。

 


 

 

アイツの死亡届が提出されてから、一ヶ月が経過していた。

ボクは、あの日からほとんど食事も採らず、ただ起きてただ寝る、そんな生活を続けていた。

何もしたくなかった。

アークスとしての活動は何もしていなかったが、それを責められることはなかった。
それでも時間というのは見えない大きな力を持っていて、少しずつではあるが、ボクの悲しみを風化させていった。

まだあまり気力は沸かなかったが、いつまでもずっとこうしている訳にもいかない。
それにボクは、アイツが死んだとは、どうしても思えなかった。

確かにあの時致死量の流血を目の当たりにしたし、死亡届も提出されている。
死んだと考えるのが妥当なのだろう。

でもボクにはどうしてもそうは思えなかった。

アイツがこんなことで死んでしまうなんて有り得ない、ここに来てその思いが勝るようになっていた。
事実、死亡届は提出されているものの、アイツの死体が発見された訳ではない。
まだ一縷の望みはあるというものだ。

一ヶ月という時の流れは、ボクがそう思えるようになるほどには、ボクの傷を癒やしてくれていた。

ベッドから起き上がり、顔を洗って歯を磨く。
軽く朝食を取ると、見支度を整え、アイツの部屋に向かう。

部屋に立てかけてあったサンゲと制服を手に取り、羽織る。
靴を履き、扉を開けて外へ出る。

久々の日光は、とても眩しかった。
クラクラする。
随分と部屋に篭ってしまっていたので、体力も落ちていそうだ。

久しぶりのショップエリアを進み、ある場所へと向かう。

「こんにちは、ジグさん」

アークス随一の武器匠と言われるジグさんの元を訪れる。
今日はジグさんに用があったのだ。

「おう。どうした?」

他の武器を打っていたのだろうか。手を止めてこちらを見る。
さすがは武器匠だ。その視線はボクの顔から既に腰に着けたサンゲに移っている。

「そいつか?」
「あ、うん。このカタナ・・・サンゲを修理して欲しいんだ」
「サンゲ?・・・確かお主の適性は・・・ガンナーではなかったか?」
「あ、うん。でも・・・いいんだ」
「ふむ。まあ良い。どれ、貸してみろ」

ボクがサンゲを手渡すと、ジグさんは鞘からカタナを抜き、しげしげと観察し始めた。
武器匠ジグの瞳が、一瞬、光ったのを感じた。

「これは・・・ものすごい業物だな。だが、よくもここまで傷めたものだな」
「あ、あはは・・・w」

笑うしかない。
実際、刀身は曲がり、鞘に収めるのもやっとといった程だった。
さらにジグさんの目は刀身の根元を捉えていた。

「ん・・・?『バーカ』?」

ジグさんは怪訝そうに、こちらを見てくる。

「この彫り物・・・にしては安っぽいが、これは消して良いのか?」
「あ、それは消さないで欲しいんだ。それだけは残してほしいんだけど・・・できる?」
「ん、ああ。構わんが。・・・何なのだ?これは」
「あー・・・えっと、それは・・・」

『バーカ』。

それには一つの物語がある。
その物語は一度終わりを迎えたが、こうしてまた新たな物語として、紡がれようとしていた。

 

『バーカ』

ボクをそう呼んだ人は、ボクに強くなれ、と言った。
『強くなれ。俺なんかよりも、ずっとだ。倒せないエネミーなんていねーぜってくらいにな』
そう、約束した。
そう、それは。

 

「大切な人との、約束なんだ」

 

言って、ものすごく恥ずかしくなった。
体が火照り、顔が紅潮しているのが分かる。

更に不思議そうな表情でこちらを伺うジグさんの視線が痛い。

「い、いいからさ、ほら、早く直してよ」

あまりの恥ずかしさに、顔を背けた。
こんな時、きっとアイツなら。

 

右手で自分の頭をガシガシと掻いてみる。

我ながら、とても似合わないな、と思う。

せめて。

せめて次にアイツに会うまでには、この仕草が似合う、そんなアークスになっていたい。

そう、思った。

 

fin.

カタナブレイバー03

 


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2015-09-23 | Posted in Story18 Comments » 

コメント18件

 ブレイズ | 2015.09.23 23:55

 私の最初の適正はライフルでしたが、中2病という原因不明の病の為、しかたなくロッドを握る日々を送っていました。今ではだいぶ落ち着いてウォンドも持てる用になりました。

 私にはこのくらいしか思い付かないですね。
次も期待しています。次あるとしたら、ファッションにこだわるルートかも?。

 ルイナ | 2015.09.27 20:13

ブレイズさん。

「今ではだいぶ落ち着いてウォンドも持てるようになりました。」
ここで思わず笑っちゃいましたww
それはダイブ落ち着かれたようで安心です(ちg

ファッションルート。。。考えてみたいと思いますww
物語を書くのって、すごく大変ですね~(^O^;)

 フリーズ | 2015.09.24 12:39

はーなんとかよみおわったw少し長い記事ってSS(ショートストーリー)物だったってことですねw納得…
PSO2っていうゲームは細かい描写とかがないぶん自分のキャラでストーリー作ったり設定作るのが楽しいですよね!
挿し絵はルイナさんのキャラになってるけど、「ルイナ」のキャラ設定ってことなのかな…

そういえば前のチームではオレも何気にSS書いてたりしたな…もうやらないけど(

 ルイナ | 2015.09.27 20:15

フリーズさん、

長々と書いてしまって。。。w
ちゃんと最後まで読んでいただけて嬉しいです♪ありがとうございます(*´∀`*)
そうですね!自分でストーリーを組み立てても、そこまでおかしい世界観にもならないですし、楽しく創作させていただきました♪
挿絵。。。もとい挿SSは、ルイナのSSしか撮影できなかったのでそうなっていますが、一応。。。違う人。。。のつもりですw

ええー!
ショートストーリー見てみたいなぁ~なんてw

 セイ | 2015.09.24 20:08

ほわー、社長だよ!?

全部読ませていただいた
正直な感想、面白かったワクワクした切なかった、とまあ色々ですなw

自分もやってみたくなるけど、やらないでおこう…

たぶん、コメディーになるからー!!

ではでは、また来ますぞー

 ルイナ | 2015.09.27 20:20

セイさん。

ほわー、シャッチョさんこんばんわ♪
長い記事を読んでいただいてありがとうございます♪またコメントまでいただいて、本当に嬉しいです(*´ڡ`●)
色々盛り込んでみたつもりでしたが、こうしてセイさんにそれを読み取っていただけて、嬉しいです!

セイさんのコメディーもみてみたぁーい!ww機会があれば、是非やってみてくださいw

はぃ♪またお待ちしております(*´∀`*)

 時代錯誤の数珠丸 | 2015.09.25 21:55

(´Д⊂ヽウワァァァァァン、ルイナ様、手前のサンゲにもなにか刻んでくだされぇ!

手前がカタナメェ~ンやって、狐のお面を外さないで、中途半端な渡世人口調なのは時代錯誤だからで御座いやすぜい!
「御一新と世間様は浮かれおりやすが、何か忘れておられやせんかい?瓦斯(ガス)灯が夜の闇を押しのけた分、人の心の闇に覆いかぶさっていくたあ思いやせんかい?」

・・・外さない狐のお面と部屋に集めてるオキクにはもっと設定があるのですが・・・ふひひw

主題歌はかまやつひろしの「我が良き友よ」がいいですな!
♪下駄を鳴らして奴が来る~
 腰に手拭いぶら下げて~

 ルイナ | 2015.09.27 22:11

時代錯誤の数珠丸さん。

数珠丸さん、こんばんわ♪
数珠丸さんのサンゲにも。。。フムフム。。それでは「HENTAI紳士」と刻ませていただk(ry
時代錯誤。。。と一言に言ってしまうとなんだか味気ないですけど、時代を遡ったようなコスやアクセなどのコーデを楽しんだりするのって、楽しそうですね♪
数珠丸さんはその口調も相まって、和服を着て黒の領域にご一緒した時などはいつも、武士の世にタイムスリップしたようで楽しいです♪
そういう時はカタナブレイバーで、私も”時代錯誤”を謳歌したいと思っています♪

オキクの設定。。。!気になりますね!今度おしえてくださーいww

主題歌ですが、すみません、全然知らなかったので調べてみましたww
まさに古き良き時代と言うんでしょうか?数珠丸さんらしい昔、そして男らしさを感じられる歌ですね!

 飼い猫サンデー | 2015.09.26 11:51

更新お疲れ様です。

今回はいつもと違って、アークスを題材としたお話でしたね。
面白かったです♪

アークスにもプライベートはあるし、本職の戦いとなれば命のやり取りですね。
僕らみたいに「はよ!月はよ!」とか言ってられないですねw

あ、実は最近カタナブレイバー始めたんですよ!
すごい戦ってる感じがして楽しいクラスです。

 ルイナ | 2015.09.27 22:18

飼い猫サンデーさん。

コメントありがとうございます♪読んでいただけて嬉しいです(*´∀`*)

物語を書くのは不慣れでしたので、面白かった、と言っていただけてすごく嬉しいです(*^^*)
そうそう!wアークスも仕事ばっかりでは疲れちゃいますからね!wそんなアークスの日常や、年に一度の”お祭り”という非日常を取り入れながら描いてみました。
もしかしたらこんなこともあったのかもしれない、そんなストーリーを感じていただけたら嬉しく思います!

カタナブレイバー、良いですよね!わたしもカタナが大好きなんです♪
ちなみに私はなぜカタナブレイバーになったかというと。。。

「だって、カタナってかっこいいじゃん まる」

 匿名 | 2015.09.28 12:35

初めてコメント書かせていただきます、シップ1所属のアークスです。

SSすごく面白かったです!

続編期待しています!

 ルイナ | 2015.09.28 18:56

匿名さん。

初めまして!ルイナです(๑´ڡ`๑)コメントありがとうございます♪

物語を書くことには慣れていなかったのですけれど、面白かったと言っていただけて本当に嬉しいです!書いてよかったな!って思えます(*‘ω‘ *)
続編はそうですね。。。

「フッフッ、何用かね?」
この一言から全ての物語は始まった。

次の書き出しはコレで行こうと思います!(ぇ
なーんてw

いつになるかわかりませんけれど、普段の記事を書きつつ続編も考えていこうかな?と思っていますw
これからも『Luina log』をご覧いただけたら嬉しいです♪

 アライブ | 2015.10.04 10:01

おはよーございます。アライブです

先輩アークスさんマジイケメン過ぎて草。そして最後の紙に書かれたのが何なのか分かって涙出て来たwこの後輩アークスさんはルイナさんって事でいいのですか(・ω・)?

続編まだなカナー(チラ

 ルイナ | 2015.10.05 1:50

アライブさん。

こんばんわ、ルイナです(*^^*)

先輩アークスは。。。普段はおふざけな感じだけれど、内に秘めた想いと優しさをもっている素敵な人を想像して書いてみましたww
カッコよく映ってくれて、嬉しいです♪
後輩アークスは、当初私の予定だったんですけれど、途中で、「あ、男の子にしたいかもw」と思って、私ではなく少年風に変えてみたんですw
ですので、SSでは私のキャラを使っていますけれど、一応設定上は別のキャラなんですw

ぞ。。。続編は、そのうち書きたいと思っています~(^O^;)

 すず | 2016.03.10 13:35

ルイナさん更新お疲れ様です。とても素敵な物語ご馳走様でした。きっと書くのにすごく時間も費やされたと思います。お疲れ様です。私はラノベや携帯小説も読み慣れてますのでとても楽しく、そして切なく読ませていただきました。男と男というところがとてもいいです、また女の人から見た男同士の友情というのは読んでいてとても新鮮でした。設定が細かいので次回作期待しちゃいますね。ダーガーとヒューマンのハーフの彼が歩む道がとても気になります。いろいろまだ書きたいですがまたオラクルでお話し聞かせて下さーい!!すずでした☆

 ルイナ | 2016.03.10 19:50

すずさん。

コメントありがとうございます♪

このお話では、先輩アークスと後輩アークスの男の方同士の友情をテーマに書いてみました♪
普段、男の友情。。。!というものに触れる機会が無いので、書いていて、「これでいいのかな?w」と、沢山思いましたww

次回作も書いてみたいなー。。なんて少し思いつつ、未だ全く構想がなく時間が掛かりそうなので、悩んでいますΣ(´∀`;)
まとまった時間が取れれば、是非続編を書いてみたいです♪

こんなに素敵なコメントをいただけて、書いて良かったと思います(*´∀`*)
オラクルでも、感想を聞かせてくださいね!w

 逆巻アリー | 2016.03.10 23:30

(/_;)ぶわっ
先輩まじイケメン…

なにこれすごい切ない…
ああ、なんていい物語なんだー!!

でもそう思う傍らでやっぱりオトコの娘っていいなぁ
って思ってましたすいません

 ルイナ | 2016.03.11 16:40

逆巻アリーさん。

ありがとうございます。。。!
イケメンな先輩アークスを書いてみましたww

感動していただけて、とっても嬉しいです(*´ڡ`●)
書いてよかったな、って本当に思います♪

逆巻アリーさんが傍らで実はそう感じていたように、執筆している傍らで私も男の娘って良(ry

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